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仙台高等裁判所 昭和30年(ネ)445号 判決

控訴人 国

被控訴人 土橋米吉 外一名

主文

原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。

被控訴人らの請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

事実

控訴人は主文同旨の判決を求め、被控訴人らは控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張並びに証拠の提出、援用、認否は、

被控訴人らが、

(1)  盛岡税務署は御堂農業協同組合に対し一括納付の方法を委任した。すなわち、税金の受領書を納税義務者各人別に交付せず、農協に一括交付したり、昭和二四年度申告所得税未納分として本領収証交付まで仮領収分を御堂村農業協同組合長あてに発行する等税金取納事務の委託があつたことは明らかである。右税務署がこのようにして農協に一括納付の指導を強力にして各納税義務者にこれを納税の最適の方法であると過信し、同調するようにさせたのであるから被控訴人らの本件損害と控訴人の当時の納税指導との間には因果関係がある。

(2)  控訴人は過失相殺を主張するが、強権力を以てする指導者の注意義務と被指導者の注意義務とを同じく価値判断することはできない。と述べ、

控訴人が、

(1)  盛岡税務署長のした所得税の一括納付の指導は、農協がこれを受入れるのはその自由意思によるのであるから、税務署と農協との間に納税事務について委任契約が成立したのではなく、農協が税務署のすすめにしたがつて事実上右一括納付をしたにすぎない。

(2)  仮に税務署と農協との間に委任契約が成立したとしても、税務署長が各農協の右一括納付事務について円満にこれを遂行できるかどうか調査する義務はないから、盛岡税務署長が御堂村農協について確実に納付する見込があるかどうかを確かめずに一括納付の取扱いをさせたことは違法ではない。

(3)  仮に税務署長が農協の信用状態を調査する義務があるとしても、具体的には各農協の一般的な財政状態を調査すれば足りるのであつて、それ以上農協職員の収納事務に関する不正まで調査する義務を負うものではない。

(4)  被控訴人らの主張する損害というのは、同人らが御堂村農協に対しその所得税の納付を現金で委託したところ農協の職員がこれを費消横領したため収納機関に納付されず、そのため別途に納税しなければならなくなつたことによるのであるが、右被控訴人らの納税を委託した現金が回収不能であるかどうかは明らかでないので、必ずしも被控訴人らに損害があつたとはいいきれないのである。

(5)  被控訴人らは、盛岡税務署長が経理状態の不良である御堂村農協に税金の一括納付を取扱わせたため被控訴人らが損害を被つたと主張するが、経理状態が不良だからといつて、所得税として納付の委託を受けた現金を流用するとか、横領するとかいうことは通常生じ得べき事柄ではないから、右税務署長の行為と被控訴人らの損害の発生との間には因果関係はない。

(6)  仮に税務署長に右農協の流用又は横領の危険性の有無まで調査しなければならない義務があつたとしても、右危険性は外部から容易に知り得る程度のものでなければならないから税務署長が本件でこれを知らなかつたとしても過失があるとはいい得ない。

(7)  右に述べた控訴人の主張が全部理由がないとしても、賠償額の算定について過失相殺を主張する。すなわち、税務署長に本件の御堂村農協に所得税として納付を委託された現金が流用又は横領される危険のあることを予見しなかつた過失があるならば、被控訴人らにも同様の過失があるはずであるから、本件の賠償額の算定については被控訴人らの右の過失も手かげんされねばならない。

と述べたほかは原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

理由

杜陵財務協議会は盛岡税務署とその管内の各町村をもつて組織する同税務署の外廓団体であり、管内の各町村に対し納税事務の指導及び連絡を目的とするものであるが、右財務協議会の主催の下に昭和二五年一月六、七日の両日、繋温泉御所閣において管内各町村長及び財務主任を集め、盛岡税務署からは署長、総務課長、直税課長及び間税課長らが列席して昭和二四年度申告所得税の納付及び納税者番号制度並びに滞納処分等を議題として協議会を開催したこと、次いで同年一月一八日盛岡税務署長は再び盛岡市内丸消防会館に管内の各町村長及び農協組合長を集め、昭和二四年度の確定申告と納税の取りまとめについて及び各町村の納税協力態勢の確立についてと題して協議会を開催したこと、当時の御堂村長内藤直造及び同村農協組合長村井小一郎が昭和二五年一月一一日盛岡税務署の徴税事務担当の佐藤事務官を招き御堂村五日市小学校に御堂農協所属の組合員らを集めて昭和二四年度所得税の確定申告に関する説明会を開き、その際同事務官から直接納税者らに一括納付による納税方法について説明してもらつたこと、盛岡税務署は被控訴人らが御堂農協発行の領収書を現に所持しているにかかわらず、同農協に対する所得税納付をもつて無効であるとし、再三にわたり強硬な納税督促をし、ついに滞納処分として被控訴人ら所有の有体動産を差押えたので被控訴人らは止むなく昭和二六年一月末ころさきに御堂農協に納付した所得税額(土橋米吉は金一五〇円、佐々木清之助は金一九、九〇〇円)のほかこれに延滞金及び督促手数料を附加した金員を同税務署に納付したこと、以上の事実は当事者間に争のないところである。

被控訴人らは御堂農協に昭和二四年度の所得税を納付させられたことによつてそれぞれ前記金額相当の損害を被つたとし、これは盛岡税務署長ら収税官吏がその職務の執行としての納税督励をするに当り、納税者である被控訴人らに対し違法な説明ないし指導をしたことに原因し、なお右違法行為と損害との間に相当因果関係があると主張するので、先ず同税務署長らが被控訴人らに対してどんな内容の説明ないし指導をしたかを考えてみると、成立に争のない甲第一、二号証、第四ないし七号証、第二五ないし二七号証の各二、乙第一号証、第六号証の二、四を総合すれば、昭和二五年一月六、七日の両日開かれた繋温泉御所閣における協議会及び同月一八日の盛岡市内丸消防会館における同様の会合の席上、盛岡税務署長が同署徴税第一係長松本典三郎にさせた説明内容は、各町村農協組合員である納税者が昭和二四年度の所得税を納付するには、各自その所属農協に対し現金で納付方を委託するか、又農協に対し預金のある場合はこれから払い戻して所得税に振替納付方を委託すること、これに対し農協は払戻手続をした上、現金で納付を委託された分とともに一括農協組合長名義で収納機関に納付すること、納付を受けた収納機関は一括農協組合長あて納税領収証書を発行し、納税者各個人に対してはあらためてこれを発行しないこと、そして右のような一括納付による納税方法を採用するかどうかは農協及び所属組合員である納税者の自由であつてこれを強制する趣旨ではないこと、以上のとおり説明させたのであつて、同年一月一一日御堂村五日市小学校での説明会で右同税務署所得税係佐藤事務官のした説明内容も前記松本典三郎のした説明内容と同趣旨のものであつたこと、なお右同税務署長が管内各町村長及び農協組合長に配布した文書も前記説明内容を前提とした一括納付に関する取扱要領並びに書類作成方式の指示に過ぎなかつたこと、

以上の事実を認めることができる。

被控訴人らは、右税務職員らの説明では、納税者の農協に対する所得税相当金員の納付が税務署、郵便局又は日本銀行代理店等権限ある収納機関に税金を納付したのと同一の効力があるといわれ、又この方法による納税が国家の納税促進政策にかなう旨を強調されたので、右の一括納付が納税として有効であり、かつそれ以外の納税方法を選択する余地がないと信じた、と主張するが、この主張にそう甲第二八号証の二、乙第六号証の一は前記各証拠に照らして信用できず、右以外にその主張事実を認めるに足る証拠はない。

かえつて、法令上国税の納税取扱場所は税務署又は郵便局もしくは日本銀行代理店だけに限られ、税務署長が勝手に右以外のものを納税取扱機関に指定する権限のないことは当裁判所に顕著な事実であり、成立に争のない乙第五号証、甲第二六号証の二、三によれば御堂農協組合員中昭和二四年度申告所得税の納税義務者は一九八名のところ、そのうち同農協に一括納付を委託した者は一一九名でその余の七九名はこの方法によらず各自直接税務署等の収納機関に納付したこと、盛岡税務署管内の一市四町三三ケ村中川口、巻堀等六ケ町村は一括納付の方法によらず、他は一括納付の取扱をしたが、納税者の全部がこれによつたのではなく、全体として約四二%に過ぎなかつたこと等の事実を認めることができ、以上の各事実をあわせ考えれば、右一括納付の方法によるかどうかは納税者の自由であつたことをうかがうに充分である。

そして右税務署長の指示はあくまでも納税促進の便宜のためにしたいわば勧奨であつて、税務署長と農協との間に納税事務についての委任契約が締結されたものと認めるべきではなく、被控訴人らが右勧奨にしたがつて農協に税金の納付方を委任し、農協がその任務に背いて被控訴人らにその主張のような損害を被らしめたとしても、その損害と税務署長の右勧奨との間にはなんら因果関係は存しないことが明らかであるから、税務署長らの右行為に基ずいて控訴人が被控訴人らの損害を賠償すべき義務を有しないことは極めて当然なところといわなければならない。

したがつて被控訴人らの本訴請求はその余の点に関する判断をするまでもなく失当であるからこれを棄却すべく、これと異る趣旨の原判決は取消を免れない。

よつて民訴法三八六条、九六条、八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 斎藤規矩三 沼尻芳孝 杉本正雄)

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